Instagramに料理の写真をアップして、何個「いいね」がつくか気にする。食べログにレビューを書いて、参考になった数をチェックする。X(旧Twitter)で美味しいお店を投稿して、インプレッションを確認する。——こうした「承認を求める食の記録」に疲れを感じていませんか?

SNS記録の「承認ゲーム」

SNSに食事を投稿する時、私たちは無意識のうちに「どう見られるか」を気にしています。写真の角度、フィルター、キャプションの文面——「いいね」をもらうための最適化を、私たちは既に日常的に行っています。

これ自体は悪いことではありません。SNSはコミュニケーションツールであり、共感を得ることは楽しい体験です。しかし、問題は「承認を得るための記録」と「自分のための記録」が混在してしまうことです。「いいね」をもらうために投稿した写真は、半年後に見返しても「あの時の味」は蘇りません。蘇るのは「あの時、何いいねもらえたっけ」という承認の記憶だけです。

「見られる前提」が記録の質を変える

他人に見られる前提で書く文章と、自分だけのために書く文章は、内容が根本的に変わります。SNSの投稿では「簡潔で」「魅力的で」「共有しやすい」内容になります。しかし、自分のための記録では「あの時、店員さんが『今日の魚は最高だよ』と言ってくれて、実際に最高だった」という個人的なエピソードが書けます。

後者の方が、数ヶ月後に読み返した時に「あの時の体験」を鮮明に蘇らせます。なぜなら、そこには「自分の感情」がそのまま書かれているからです。SNSの投稿には「自分の感情」をそのまま書くことに躊躇があります。「店員さんが最高だよと言ってくれた」なんて、SNSには書きにくいですよね。でも、自分だけの記録なら書けます。

SNS疲れの3つの症状

グルメSNSに疲れを感じる時、以下のような症状が現れます:

これらの症状は、「自分のための食事」と「他人のための投稿」の乖離から生まれます。食事は本来、自分のために楽しむもの。しかしSNSに投稿する瞬間、それは「他人にどう見られるか」に縛られます。

プライベートな記録が見直される理由

近年、プライベートな食ログアプリの需要が高まっています。その背景には以下の変化があります:

1. デジタルデトックスの潮流

SNS離れが進む中で、「承認を求めないデジタル体験」の価値が見直されています。Ajiatoのように「いいね」も「フォロワー」もないアプリは、この潮流に合致しています。

2. プライバシー意識の高まり

「自分の食生活データがSNS企業に蓄積されている」ことへの違和感が広がっています。「何を食べたか」は個人的な情報であり、必ずしも公開したいとは限りません。Ajiatoはデータを端末内にだけ保存するため、この懸念に応えています。

3. 「体験消費」への移行

モノ消費から体験消費へと価値観が移行する中で、「食体験そのもの」を大切にする人が増えています。「SNSに映るか」ではなく「自分が美味しいと感じたか」を重視する姿勢です。

Ajiatoが選んだ「プライベート」という道

Ajiatoには、SNS機能が一切ありません。フォロー、いいね、コメント、シェア——どれもありません。これは機能の不足ではなく、意図的な選択です。「自分だけの食ログ」に徹することで、ユーザーが「他人の目」を気にせずに記録できる環境を作っています。

「でも共有したい時もあるよ?」という声もあるでしょう。もちろん、特定の友人に「このお店美味しかったよ」と伝えたい時は、別の手段(LINE、口頭等)を使えばいいのです。Ajiatoは「記録」に特化し、「共有」は他のツールに任せる。この役割分担が、シンプルで使いやすい体験を生みます。

まとめ:自分のための記録を取り戻す

SNSは素晴らしいツールですが、すべての記録をSNSに委ねる必要はありません。「自分が美味しかった」「自分がまた行きたい」——この純粋な感情を、他人の目から切り離して記録できる場所。それがAjiatoの提供する価値です。

グルメSNSに疲れを感じたら、ぜひ「自分だけの食ログ」を試してみてください。承認を求めない記録の自由さを味わうと、食事が少し軽くなります。そして、数ヶ月後にその記録を見返した時、「あの時、確かに美味しかった」という実感が蘇るはずです。

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Ajiato Project

「美味しい記憶の足跡」をコンセプトに、個人の食事体験を記録するアプリを開発・運営しています。